クライオニクスとはなんだろう 

De・DNA Project Committee


クライオニクス 

De・DNA(脱・DNA)プロジェクト

 

 

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De・DNA(脱・DNA)プロジェクトは、日本におけるクライオニクスの実用的研究の推進、及びターミナルケアを含む本格的なクライオニクスの在り方について考える本格的な勉強会です。

本プロジェクトはクライオニクス実用化へのあらゆる問題に対処していくため、社会的な啓蒙活動に取り組んでいます。特に、なるべく生体組織にダメージを与えない方法を用いたクライオニクス技術を目指しています。

このホームページは、2013年に出版された清永怜信著「クライオニクス論」(ブイツ―ソリューション刊行、星雲社発売)の内容を補完するインターネット上の備忘録にあたります。

クライオニクスという言葉は、市民権を獲得しているとはとても言えない状況です。そこで、このホームページでさまざまな情報発信と意見交換を行おうというものです。

「クライオニクス論」の思想コンセプトであるDe・DNA(脱・DNA)という考え方についても皆さまからのご意見をお待ちしております。

本プロジェクトでは、2013年に出版された成書「クライオニクス論」の内容に対する次の5つのパートのページを作成しています。  
  
a. SYNOPSIS 0: 全体の内容に対応するページ

b. SYNOPSIS 1: 「DNAの死生観」に対応するページ

c. SYNOPSIS 2: 「De・DNAの死生観」に対応するページ

d. SYNOPSIS 3: 「クライオニクス論」に対応するページ

  

 
  『クライオニクス論』にはいったい何が書かれているのか
 
私たちの身の上にはいつの日か死が確実に訪れ、人生を清算しなければならない時がやってきます。その一方で、この世に生まれたすべての生き物は、命のある限り必死に生きようとします。これもまた、私たちの生まれ持った偽りのない性分です。特に、人間のように巨大な脳を持ち、さまざまな思考を張り巡らせる生き物にとって、自らの死をいかに捉えるかということは、生きていく上において最も大きな関心事でしょう。人間は、自らの死についてあらかじめ思索することができる希有な動物なのです。

アップル・コンピューターを創業したアメリカの実業家ジョブズは、晩年長く癌を患っていましたが、「もし今日という日が人生最後の日だとしたら、これからやろうとすることは本当にやりたいことだろうか」と毎朝自問自答していたそうです。また、自分の死を意識することによって、周囲からの期待、プライド、羞恥や失敗への恐れといったものが意味を無くし、本当に自分にとって大切なものだけを残してくれたといいます。人間の一つの生き方として、自分の死をポジティブに捉える姿勢は感動すら与えますが、ジョブズはまた、「誰も死にたい人なんていない。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない」とも吐白しています。紆余曲折があったとは言え、巨大企業アップル社を育て上げ、事業として十分な成功を収めていたジョブズ自身も、まだまだやり遂げたかったことが多かったに違いありません。

さて、ここで改めて問いかけたいのですが、私たち一人一人は、さまざまな生物種を構成している個体です。私たちのような個体にとって、死はいったいどのような意味を持っているのでしょうか。そして、私たちは死をどう解釈し、どのように克服していけばよいのでしょうか。もちろん、人間はふだんから「いかに生きるか」などという高尚な思索が十分できるほど、時間を持て余しているわけではありません。現代社会は非常に多忙であり、毎日を無事に生き延びるだけでも精神的に十分摩耗するほど大変です。その結果、死の問題は、イデオロギーを超えたあらゆる人間に共通した対象にも関わらず、そのスタンスは人によってバラバラで、結局よく分からないまま放置されてきた哲学上の難問になっているように思われます。

もちろん、古代から世界中いたるところで語り継がれてきた宗教の教義書によれば、私たちは現世において身体が滅びても、魂はあの世に生きて永遠であり、死など恐れるに足りないものだと諭しています。永遠の魂を信じることで自らの死を受け入れ、神の大いなる意志を信じ、むしろ感謝しながら生きることが人の道である、というのが古今の宗教指導者より、私たちが聞かされてきた一つのコンセンサスのようです。しかし、現代のように科学技術が進歩してくると、古き良き時代を生きた先人と同じように、ただ信じることで救われるという教えが、万人にとって必ずしも受け入れ易いものとは限りません。現代人にとっては、むしろ死の解釈でも、ある程度納得して受け入れたいと考える人も多いのではないでしょうか。もう少しはっきりと言うなら、私たちの魂の永続性を、おとぎ話(フェアリー・テール)ではなく、現実的方法(リアル・ストーリー)によって、裏づけることはできるのか、ということです。

ところで、真理や本質を探る学問であり、諸学の基礎づけを行うとされる哲学の対象には、この世界をどのように捉えるのか、という昔からの大問題もありますが、もうひとつの大きな未解決問題があります。それは、私たちはどのように生きればよいか、という問題、さらには、私たちはいったい何のために生きているのか、という昔から人々を悩ましてきた難問です。この問題は死と裏表の関係にあり、人類が常に追い求め続けてきた普遍的なテーマだ、と言っても過言ではありません。よく言われるように、人間はただ生きるために存在するとか、生きること自体に目的はない、という答えに私たちはなかなか納得できないことがあるからです。

多くの哲学者がこの問題と取り組んできましたが、正解というべきものは誰にも分からず、また、そのような正解があるとも思えず、結局のところは分からないままです。曰く、「人生は自分が作り出していくものである」、曰く、「生きる目的の本当の答えは自分自身の中にある」、などなど。その通りだと納得しつつも、何だか、狐につままれたような回答です。確かに、限られた人生を不安と共に憂鬱に暮らすことも、あるいは、生き生きと歓喜と共に暮らすこともあなたの生きる気持ち次第です、と言われればその通りです。このような考え方も、多くの人間にとって比較的馴染みやすい、いわばコンセンサスと呼べるものなのでしょう。

ハンセン病患者に対する心のケアを行ったことで知られる精神科医の神谷美恵子は、その著書『生きがいについて』を、次のような印象的な一節から始めています。「平穏無事なくらしに恵まれている者にとっては、思い浮かべることさえ難しいかも知れないが、世の中には、毎朝目が覚めると、その目覚めるということがおそろしくてたまらない人があちこちにいる。ああ今日もまた一日を生きて行かなければならないのだ、という考えに打ちのめされ、起き出す力も出てこない人達である。耐えがたい苦しみや悲しみ、身の切られるような孤独とさびしさ、はてしない虚無と倦怠、そうしたもののなかで、どうして生きていかなければならないのだろうか、なんのために、と彼らはいくたびも自問せずにいられない。」

私たちは普段ここまで自らの生と張り詰めた気持ちになれないというか、日常雑多の用事に紛れてしまい、人生の意味を深く考える余裕がありません。しかし、耳を研ぎ澄ましてよく聞けば、ここに記されていることは、私たちすべてに当てはまる人間存在そのものではないでしょうか。この文章には、私たちが人間の生き方を考える上で真実の心の叫びが刻まれているように思います。もちろん、人生は辛いことだけではなく、嬉しいこと、楽しいことなどたくさんあります。生きていてよかった、人生捨てたものではない、などとよく口にします。しかし、私がここで問題にしたいことは、それらをすべて含めた上で、なお、私たちの人生は全く不条理であり、到底受け入れがたいものではなかろうかという点です。

現代は驚くほど科学技術の発達した高度な文明社会です。しかも、私たちは科学技術による利便性を享受し、ほぼ完全に依存しながら毎日を生活しています。また、科学技術は私たちの日常生活の在り方を変えていくだけでなく、私たちの思考をより論理的で、実証性を伴ったものへと変革してきました。これまでの人間の叡智では、到底不可解とされてきた多くの神秘的な現象を、科学の法則によって説明できるものとして引きずり下ろしたのです。言い換えれば、神のみぞ知ると思われてきた多くの事柄が、ごく普通の人間でも容易に理解できるようにしたというわけです。

さらに、科学の目は神そのものに対しても向けられました。宗教が謳う神や、あの世は本当に存在するのかという疑問です。こうした疑問は、いわば人類史と共にあった宗教文化そのものに対する疑問であり、ある意味、既存のパラダイムに対する挑戦でもあります。よく考えてみれば、科学の発達した現代において、信仰の対象が数千年も昔に唱えられた古めかしい宗教の教義書に基づいているというのは、どこか変な気もします。人が死ぬと、三途の川を渡り黄泉の国で生きるとか、最後の審判を受けて天国か地獄へ行くとか、どのような言い訳をしようとも、それが現実に証明できないものであるのなら、現代人はそれらを信じる根拠を失ってしまいかねません。

神もまた人間の創造物にほかならず、天国にしても地獄にしても、あの世の世界は単なる幻想に過ぎないのではないのか、という疑念がにわかに広がってきたのです。宇宙の謎を解き明かした車いすの天才物理学者ホーキングは、近著『ホーキング、宇宙と人間を語る』の中で、「宇宙は神が創造したものではなく、重力の存在によって無から自発的に生成することができる」と、神の存在を抜きにしてこの世界は説明できると看破していますし、現代生物学者のドーキンスは『神は妄想である』という大部な書をわざわざ著し、「神が存在するという宗教上の根拠はもはや持ちこたえられない。神はほぼまちがいなく存在しない」と丁寧に論駁しています。

ただし、私がここで主張しようとすることは、いにしえの時代から続いてきた宗教そのものを否定することでは決してありません。むしろ苦悩に満ちた現代を生きていくには悩める人間の魂を鎮める必要があり、宗教文化はより重要になりつつあると考えます。宗教は科学技術の発達とは全く無関係であって、不安と絶望に満ちた私たちの魂を救済しようとする役割は、むしろ以前より増して必要に迫られているのです。

科学技術は合理的な人間精神が生み出したものです。そして、人間の生きるモチベーションに繋がる知的好奇心が続く限り、これからも留まることなく進歩を続けるでしょう。しかし、その正しい運用を誤れば人類の存亡にも関わり、次第に人間の手に余るようになることも事実です。今や科学の進歩は誰にも止められず、人類を絶滅させることができるほど巨大化してしまったことに注意する必要があるのではないでしょうか。工場から大量に放出される二酸化炭素が世界的な異常気象を招いたり、凶悪なテロリストによって核兵器や細菌兵器が使われれば、ただでは済まされない危険に満ちています。世界中で今日報道される数々の悲惨な事件や出来事は、これらが現実的に起こりうること、決して空想のレベルではないことを示すものです。

これから先、人類が無事に生き延びるためにも、科学技術の使い手である、私たち自身の問題が大きくクローズ・アップされるようになるでしょう。現代のような不安な時代だからこそ、人間の心の問題はいつにもなく大切になってくるように思います。もし、科学を正しく運用していかなければならない人間自身の心が不安や絶望に苦しんでいるとしたら、そして、それを救い出すべき宗教の力が損なわれつつあるとしたら、私たちの未来は深刻な脅威のもとに曝されることになるでしょう。

では、現代において、いったい何が私たちの魂を不安や絶望から救いだし、苦悩の多い人生を生き抜いていくだけの勇気を与えてくれるのでしょうか。私たちに必要なことは、どのように救いを求めるのか、いま一度真剣になって考え、生きる希望を見出すことではないでしょうか。これまで宗教が成し遂げてきた、人間の魂を鎮めるという重要な役割が次第に損なわれつつあるのなら、私たちは現代的な方法で宗教に代わる役割を早急に確立する必要があるでしょう。本書では、宗教の権威が総じて失墜していくなか、私たちが感じる不安の根源である死の問題に対して、現代の科学技術は何ができるかを考えていきます。また、そのための具体的な方策として、死に対する捉え方を根本から変革しうる先端科学技術である、クライオニクスの意義と目的について紹介する予定です。
 
   当サイトを初めてご覧になる方へ(※FAQ「よくある質問」をご参照ください)
 
Q. 「クライオニクス論」に対する意見はどのようにして投稿出来ますか。
A. 投稿されたい内容に従って、このページにあるSYNOPSIS 0〜3、もしくはCONTRIBUTORSのページへお進み頂いて、ページにある投稿フォームからお願いします。



Q. 「クライオニクス論」に対する意見を投稿する場合、匿名で投稿出来ますか。

A. はい。投稿される場合に必要なものは、ご自分で決められたハンドルネームのみですので、匿名で投稿することが可能です。



Q. 「クライオニクス論」に対する意見を投稿する場合、ハンドルネームの入力は必須でしょうか。
A. はい。本サイトの目的は、クライオニクス論に対する真面目な討論の場の提供にあります。また、すでに投稿された方のご意見に対するコメントも受け付けています。一貫した議論が出来るように、公開してもよい固定されたハンドルネームのご使用をお願いしております。


Q. 「クライオニクス論」の各ページにあるスレッドとは何ですか。
A. このサイトでは、必要に応じて「クライオニクス論」の本文よりフォーカスしたいトピックや、投稿された方による質問や問題提起を議論の対象として取り上げる場合があり、これをスレッドと呼んでいます。



Q. このサイトで扱っている書籍の入手方法を教えてください。
A. ブイツーソリューション刊行、星雲社発売の清永怜信著「クライオニクス論」です。お近くの書店にない場合はお店からご注文頂くか、このサイト内にあるリンクから、amazonの通信販売でお求め頂けます。



Q. De・DNA(脱・DNA)プロジェクトへの連絡方法を教えてください。
A. De・DNA(脱・DNA)プロジェクトへご連絡やお問い合わせを頂く場合は、info@de-dna.netまで電子メールでお願い致します。


Q. 「クライオニクス論」の著者、清永怜信について教えてください。
A. 生物学領域の博士号を有し、多くの著作書や学術論文を発表している大学の教員です。教育や研究に携わる一方、清永怜信というペンネームで、人間の新たな生き方を模索しています。



Q. 「クライオニクス論」に関する取材方法や、清永怜信とのコンタクト方法について教えて下さい。
A. 「クライオニクス論」に関する取材は随時受け付けておりますので、De・DNA(脱・DNA)プロジェクトまでお気軽にお問い合わせ下さい。また、清永怜信と直接コンタクトを希望される場合はskiyonaga@de-dna.netまでお願いします。


 
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  メールによるお問い合わせはinfo@de-dna.netまで。
 

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