「人間という生き物について」


 B-01
[投稿者 アノニマス(一般読者)様]

クライオニクス論序章O-19〜21にかけて次のような記述がありますが、人間の存在意味とはいったい何だと言いたいのでしょうか。
本文0-19〜21より引用
「人間は、今まで一度も定義されてこなかった個体の存在意味を知ろうとした、生物史上、初めての生物なのです。つまり、人間を動かしているものは、DNAによる遺伝情報だけでなく、私たちの脳の中に記憶として蓄えられてきたさまざまな経験情報だというようには考えられないでしょうか。これは一人一人の人間の持つ心や精神である「魂」と、そのまま言い換えてもよいものです。」....(中略)....「私たちは種の保存だけを目的に終わる使い捨ての道具ではなく、De・DNAである私たち個人の「魂」にこそ唯一無二の存在意味があり、守るべきは私たちの脳であることが明かされます。つまり、私たちは種として生きるだけでなく、一人一人の個として(も)生きるべきなのです」
[投稿者 清永怜信]

当サイトを開設するまでに届いた一般読者様からの投稿です。議論の輪を広げるためスレッド化しましたが、以下の回答はあくまで清永の現時点における私見であり、議論のための参考にして頂ければ幸いです。皆様からの御意見をお待ち致します。

DNAの世界観に立てば、人間を含むすべての生物は親から受け継いだ遺伝情報を子へと引き渡していくために存在していると言えます。個体とはいわば種のために生きているというわけです。ここで重要なことは、私たちがこのような存在に過ぎないのであれば、同じ種のゲノムを持った雌雄によって生殖活動が出来さえすれば、その存在目的は完全に達成されるので、それぞれの個体がどのような特性を兼ね備えていようと(それらが生殖活動にとって有利に働くことがあるにせよ)、全く等価なクローンのように扱われてしまうということです(パートI参照)。しかし、人間は巨大な脳を持ち、脳の中に記憶として蓄えられた膨大な経験情報に依って生きています。それはまた個々の人間を峻別する人格や精神であり、私たちの魂とでも言うべきものです。つまり、私たち人間一人一人は決して他の個体によっては置き換えることが出来ないユニークな存在なはずです(パートU参照)。このような人間存在に対しては、個人の魂にこそ唯一無二の存在価値を認められるべきであり、個体を単なる生殖機械として扱うのではなく、個の尊厳にもっと目を向けるべきではないでしょうか。従って、個体が生み出した価値の保存、即ち、私たちの魂の永続性にこそ光を当てるべきではないかと考えます。私たちはこれまでひたすら種の遺伝情報を保存するために生きてきましたが、これからは個の経験情報を保存していくことを見落してはならず、これが本書の中で繰り返し出てくる「脱・DNA」のテーマです。




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